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その女の子が信じてくれたなら、ドロボウは空を飛ぶことだって、湖の水を飲み干すことだってできるのに
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近くに住む友人によく私の作った模型を見せています。
「よく」といっても1ヶ月に一遍くらいですが・・・。

んで、その友人は本当にインポテンツな人間でして、格好いい、美しい造形ってものにまったく関心がないんですな。
超格好いいレッドミラージュ・インフェルノナパームや、超美しいオージェの画像を見せても、まったく何の反応も示しません。

男とも思えませんな。
きっと男根は付いていません。

まあ、世の中には造形物にまったく関心を持たない、持てない人間というのは多いです。
女は確実といっていいほど模型なんぞに興味を持ちません。
男でも、そういう人は多いのです。
概ね私は、そういった造形物に興味を持たないひとを「女的感性の持ち主」と呼んでおります。
男なら普通は興味持ちますって。

で、最近思ったんですよ。
男女の趣向で別ける以前に、いい年して模型に興味を持つ人、持たない人ってのはある一定の法則があるのではないかと。

以前にも書きましたが、私、子供時代に玩具はまったくといっていいほど買ってもらえませんでした。
母が教育ママでして、将来の役に立たないものは必要ないって人だったんです。
ちなみに、将来の役に立つものってのは、お勉強を意味します。お勉強の足しにならないものは「下らないもの」「無意味なもの」として、私は与えられませんでした。
こういう母親を持った人間は、非常に辛いのです。ま、愚痴を言うつもりはありませんが。

で、私がこれまでに親に買ってもらった漫画は、ドラエモンの38巻と聖闘士星矢の6巻の、2冊だけです。
買ってもらった玩具は、ミニカーのでかいサイズのパトカーだけです。5歳の時だったかな?クリスマスプレゼントでした。
他にも小さいミニカーが幾つかありましたが、買ってもらった記憶がないです。なので、これは物心が付く以前のものなのでしょう。大体、あんなものは何百円の世界です。
それ以外の玩具は買ってもらっていません。
お金を出してもらったという意味でなら勿論あります。が、これは物を買ってもらえないがために、私が「誕生日プレゼントも物ではなく、お金でくれ」といったからに他なりません。
物で貰おうとすると、どうしても参考書とか辞典とかなってしまうからなのですよ。
子供時代の私がシニカルだったからではなく、必要に迫られた知恵だったわけです。

そんな訳で、子供の頃の私は、誕生日とお年玉となけなしの小遣いをやりくりして、玩具を自分で購っていました。
それでも、誕生日に貰ったお小遣いでゲームを買ってくると、母はグチグチという人でしたが・・・。
「昔の人はね、子供でも働いていたんだよ。玩具なんて買ってもらえなかったんだよ」と。
私は昔の人じゃないし、玩具なんてそもそもあまりなかった時代のことでしょ?それは。
大体、そんな基準を持ってきてしまったら、「昔の人は、敵を片っ端から刀で刺し殺し、その数が多い人ほど出世できたんだよ」なんて言えてしまう訳です。
無茶苦茶な理論です。ただの自己正当化ですな。

そういう物質的にまったく恵まれない子供時代を送った私だからこそ、大人になったとき、ふとした瞬間に当時の乾きを思い出し、趣味の世界(この場合は模型)にのめりこんでしまったのではないだろうか?と思った次第です。

先ほどの模型にまったく興味を示さないインポ友人は、それはそれは凄い勢いで玩具を買ってもらってました。
ゲームなどは、ファミコン、それ以前のカセットビジョン、スーパーファミコンまで買ってもらい、さらにソフトもかなり沢山買ってもらっていたのです。
私からすると夢のようですが、彼としては「たいして買ってもらったわけではないよ」ということです。
まあ、誰しも自分が基準と考え、自分は恵まれた人間だとは思っていないものです。
彼の甥っ子姪っ子に、彼の母親が沢山玩具を与えすぎると、彼は憤っておりました。
私はそんな彼に憤りました。
「お前が言うな!俺の数十倍もの玩具を買ってもらっていたお前がそれを言うな!!」

そういう彼だからこそ、大人になった現在、能動的行動を引き起こす温度の高い主体的趣向というものをあまり持たない人間になったのではないかと思います。

つまり、大人になって何かにのめりこむ人間は、子供時代に恵まれなかっただけなのではないか?

そういうことです。
本を読むといっても、私ほど広範にわたり乱読する人間は見たことがありません。
音楽を聞くといっても、私ほどより良い、より美しい、ジャンルに捉われない楽曲を求め探す人は会ったことがありません。
ゲームをするにしても、私ほどやりこむ人を見たことがないのです。(といっても、ゲーム自体、私は限られたものしかやりませんが。RPGなどは10年以上前から興味も持てません)
そして、これらに新たに加わったのが模型でした。

私がこうまで趣味人になってしまったのは、確かに私個人の性向もあると思います。主体性に手足が生えて生きているような人間ですから、それが楽しいかどうかは自分基準で決めざるを得ないのです。
なので、世の中の流行で満足ができるわけがない人間なんですね、私は。
だから、どうしても自分で調査、研究せざるを得ない。

しかし、それ以上に、子供時代の不遇が、やはり大きかったのではないかと思うのです。
充分に遊ばせて貰えなかった。(小学一年生のころから、毎日何時間もお勉強させられた)
充分に与えられなかった。
そういったことが、今に大きく影響しているとしか思えないのです。
ウチの場合、お金がなくて、親が与えたくても子供に与えてやることができなかったというわけではないですから。
ただ、母の価値基準で「下らない」と思ったから与えなかったというだけで。
さっきも言いましたが、「下らない」というのは、お勉強の足しにならない物という意味です。

勿論、そうでない人も大勢います。
模型を作り続けてウン十年って人がね。
私にしても、本は子供の頃から読み続けてましたからね。
しかし、すべてに当てはまる理論を作るのは不可能です。

よって、私という人間においては、上の理屈が真理なのだろうと思います。
以上のことから、子供を趣味人にしたくないのだったら、ある程度は玩具を与えておいた方がいいと思います。
でないと、どこかで何かに反動が来ますから。

その「何か」が模型や本や音楽ではなく、本当の意味で「下らない(人として)」ものだったら・・・。
その子はおそらく人生を踏み誤ることになるでしょうしね。

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